ストレスを感じると、お腹が痛くなったり、下痢や便秘になったりする…。このような経験は、多くの方がお持ちではないでしょうか。
「またストレスのせいか」「これは病気ではなく、精神的なものだろう」と、ご自身を納得させている方もいらっしゃるかもしれませんね。
でも、それは決して気のせいではありません。
消化器内科医の私から見て、その症状は、私たちの体にもともと備わっている「脳腸相関(のうちょうそうかん)」という、脳と腸が互いに影響し合う仕組みが深く関わっています。特に、ストレスはこの関係に大きな影響を与えることが医学的にもわかっているのです。
この記事では、多くの方が悩んでいるストレスによる腹痛の「本当の理由」を、専門家の立場から分かりやすく解説します。読み終える頃には、ご自身の体の仕組みを正しく理解し、明日から実践できる具体的な対策が見えてくるはずです。
結論:ストレスによる腹痛は「脳腸相関」の乱れが原因です
なぜストレスでお腹が痛くなるのか。その答えは、脳と腸が自律神経系やホルモンなどを介して、相互に影響を及ぼし合う「脳腸相関」というメカニズムにあります。
ストレスによるお腹の不調は、主に以下の2つの疾患が関係していることが多いです。
- 過敏性腸症候群(IBS)
腹痛や腹部の不快感、下痢や便秘などの便通異常が続く疾患。日本人の約10%が罹患しているとも言われるほど、非常に身近な病気です。 - 機能性ディスペプシア(FD)
胃もたれや、食事を始めてすぐに満腹になる、みぞおちの痛みなどが続く疾患。
これらの疾患は「機能性消化管疾患」と呼ばれ、内視鏡などで検査をしても目に見える異常が見つからないのが特徴です。そして、その発症や症状の悪化に、ストレスなどの心理的要因が深く関わっていることが明らかになっています。
ストレスはなぜお腹を痛くする?「脳腸相関」の詳しい仕組み

では、ストレスがどのようにして脳と腸の関係を乱し、つらい症状を引き起こすのでしょうか。もう少し詳しく見ていきましょう。
脳からのストレス信号が腸の動きを乱す
私たちの脳が精神的なストレスを感じると、その情報は自律神経などを通じて瞬時に腸へ伝達されます。その結果、腸の動き(蠕動運動:ぜんどううんどう)が過剰になったり、逆に鈍くなったりします。これが、下痢や便秘といった便通異常を引き起こす直接的な原因です。
私の臨床経験上も、「大事な会議の前になると必ずお腹が痛くなる」といった患者さんは非常に多く、これはまさに脳が感じたストレスが、腸の運動異常を引き起こしている典型的な例と言えます。
腸が「痛み」に過敏な状態になる(内臓知覚過敏)
ストレスは、腸の「知覚」にも影響を与えます。IBSの患者さんでは、健康な人なら何とも感じないような、ごくわずかな腸の動きやガスの刺激に対しても、強い痛みや不快感として脳が認識してしまう「内臓知覚過敏」という状態になっていることが分かっています。
これは、ストレスによって脳の扁桃体(へんとうたい)といった感情を司る部分が過剰に活動し、腸からの信号を「危険な刺激」だと誤って判断してしまうためと考えられています。
腸内環境の乱れが脳に影響を与える
近年、腸内フローラ(腸内細菌の集まり)の状態が、脳の機能や感情にも影響を与えることが分かってきました。ストレスは腸内環境を乱す一因となり、乱れた腸内環境がさらに不安感を強め、腹痛を悪化させるという悪循環を生み出す可能性も指摘されています。
脳腸相関の乱れが引き起こす具体的な症状

脳と腸の連携が乱れると、お腹の症状だけでなく、心や全身にも影響が及ぶことがあります。
- 腹痛と便通異常:
下痢や便秘、またはその両方を繰り返すなど、便通のパターンは人それぞれです。多くの場合、排便によって腹痛が一時的に和らぐという特徴があります。 - 精神症状との悪循環:
多くの患者さんが誤解されていますが、お腹の不調と心の状態は表裏一体です。IBSやFDの患者さんには、不安感や抑うつ気分を合併するケースが多く報告されています。お腹の不調がストレスとなり、さらに症状を悪化させるという悪循環に陥りやすいのです。 - 睡眠障害などの全身症状:
お腹の不快感から夜中に目が覚めてしまうなど、睡眠の質が低下することも少なくありません。質の悪い睡眠は、心身の回復を妨げ、ストレスへの抵抗力を弱めてしまいます。
専門医が教える!今日からできる4つのセルフケア

ストレスによるお腹の不調の仕組みをご理解いただけたところで、明日からできるセルフケアをご紹介します。
1.自分に合ったストレス対処法を見つける
まずは、ご自身がリラックスできる時間を作ることが大切です。専門的な心理療法も有効とされていますが、難しく考える必要はありません。
- 深呼吸や瞑想
- 好きな音楽を聴く、アロマを焚く
- 軽いウォーキングやヨガ
など、短時間でも心と体を休ませる習慣を取り入れてみましょう。
2.食事と生活習慣を見直す
消化器内科医として、まずお勧めしたいのは食事内容の見直しです。
- 刺激物は避ける:
脂っこい食事、カフェイン、香辛料の多い食べ物は、症状を悪化させる可能性があるため控えめにしましょう。 - 「低FODMAP(フォドマップ)食」を試す:
特定の糖質(FODMAP)を多く含む食品を避ける食事法で、IBSの症状改善が期待できます。ただし、自己流で行うと栄養が偏る可能性もあるため、試す際は専門医や管理栄養士に相談することをお勧めします。 - 生活リズムを整える:
喫煙や過度な飲酒を避け、質の良い睡眠を心がけることは、全身の健康、ひいてはお腹の調子を整える基本です。
3.医師との良好な関係を築く
つらい症状について一人で抱え込まず、医師に相談することも重要なセルフケアの一つです。気になる症状や不安なことは遠慮なく伝え、納得できるまで質問してください。医師との信頼関係は、あなたの不安を和らげ、治療効果を高める上で非常に大切です。
4.専門医への相談をためらわない
セルフケアを試しても症状が改善しない場合や、日常生活に支障をきたすほど症状が重い場合は、ためらわずに消化器内科や心療内科を受診してください。
特に、気分の落ち込みが激しい、何事にも興味が持てないなど、心の不調が強く表れている場合は、精神科の受診も選択肢となります。専門家があなたの状態を正確に診断し、薬物療法や専門的な心理療法など、あなたに合った治療法を提案してくれます。
まとめ:ストレスによる腹痛に悩むあなたへ

今回は、ストレスと腹痛の深い関係、「脳腸相関」について解説しました。
- ストレスによる腹痛は、脳と腸の連携が乱れることで起こる、医学的な現象です。決して気のせいではありません。
- この乱れは、腸の運動異常や、腸が刺激に敏感になる「内臓知覚過敏」を引き起こします。
- セルフケアとして、ストレス管理、食事や生活習慣の見直しが有効です。
- 症状が続く場合は、一人で悩まず専門医に相談することが、改善への一番の近道です。
あなたのつらいお腹の症状は、体が発している大切なサインです。この記事をきっかけに、ご自身の体と心の声に耳を傾け、前向きな一歩を踏み出すお手伝いができれば、これほど嬉しいことはありません。